新しいことを学ぼう、身につけようと思ったときに、たった一つだけ、私が意識をしていることがあります。

それは「当たり前じゃん、と思わないこと」です。これを思った瞬間に、新しいことを学ぶことはできなくなる、と自戒を込めて言い聞かせています。

 

「当たり前じゃん」と、その仲間たち

「当たり前じゃん」の仲間には、こんなやつもいます。

「もう知ってるよ」「そんなの基本じゃん」「なにを今さら…」などです。

こうした言葉は、表現は違えども、「すでに自分は知っているよ」という意味です。

「すでに知っている」のであれば、「学ぶ必要はない」ということになります。

こうした言葉は、自分の進歩を止めてしまうと思うので、極力、使わないように心がけています。

 

当たり前じゃんと思ってしまったときには

ただ、「思ってはダメ」と言っても、実際は難しいものです。

「バナナのことを絶対に考えないでください」と言われたって、考えてしまうように、「当たり前と思わないでください」と言われたって、思ってしまうときは思ってしまいます。

そういうときには、なるべく考えを切り替えるようにしています。どういうふうに切り替えるかは、それぞれですが、よく使うのは

  • 「自分がこれを説明するなら、どう説明すれば分かりやすいだろう?」
  • 「自分はどのくらい実践できているだろう?」

といったものです。

いずれも、相手の言っていることを、「他人ごと」や「一般論」ではなくて、「自分ごと」に置き直すための質問です。「知っていること」よりも、「知っていることをどうアウトプットするか」に重点を置いた質問でもあります。

そう、「アウトプット」

これが本当によく効きます。「分かっている」と思っていても、自分の言葉で説明してみると、上手く言えないことが多くあります。「説明できるかどうか」は、リトマス試験紙のように的確に、自分が本当に分かっているのかを教えてくれます。

 

良好は偉大の敵である

「ある程度知っている」というのは、今まで自分の積み重ねてきた知識や経験があるからこそ、出てくる思いです。

その裏には、当然、努力もあれば苦労もあります。苦労した分、ついつい「もう知ってるよ」と言いたくなってしまいます。

でも、それを言ったが最後、それ以上の進歩は難しくなってしまいます。

私の好きな言葉に「良好は偉大の敵である」というのがあります。

『ビジョナリー・カンパニー2』という有名な本の冒頭に出てくる言葉です。

「良好は偉大の敵である」というのは、こういった意味です。「偉大なレベルまで到達するものは少ない。なぜか。良好のレベルで満足して、そこで止まってしまうことが多いからだ。だから、良好は偉大の敵である」と。

「それなりに知っている」となったときこそ、それは「良好」のレベル。そこで止まらないためにも、「すでに知ってる部分」ではなく、「まだ知らない部分」に目を向けたいものです。