ときどき驚くことがあります。

「こんなにも毎日、同じことを繰り返しているんだなぁ」と。

私の愛用しているタスク管理ツール、TaskChuteの記録を見返してみても、日々の行動の多くがルーチンです。さらには、そのルーチンをこなすにしても、「定番の選択肢」を選んでいることがほとんどです。

例えば、休日に何をして過ごすか、お昼に何を食べるか、実は、たくさんの選択肢があるはずなのに、びっくりするくらい「絞りこんだ選択肢」からしか選んでいません。

いや、むしろ選択肢が多すぎると選べないから、今までの経験から、せいぜい3つか4つの選択肢に絞って、そこからどれがいいかを考えているのかもしれません。

私は、将棋を見るのが好きですが、コンピュータと人間の将棋の違いについて、こんなことを耳にしました。

コンピュータが、将棋で先を読むときには、その演算力を武器に、片っ端からすべての局面を読んでいくんだそうです。そして、その局面を比較して、優劣を判断していく、と。

逆に、人間のプロ棋士は、すべてを読むことはしないんだそうです。今までの経験や、これまでの定石(勝ちパターン)から、「この進め方が有利になりそうだ」といくつかに絞って、深く読んでいく。

これは、将棋の話ですが、日常生活でも、そうした面はあると思います。私たちは、今までの経験から「これなら上手くいきそうだ」「これなら外れない」とだいたいの当たりをつけて、選択肢の多くを無意識のうちに排除して、有力な「定番モノ」に絞って判断をしていきます。

それは、毎日の生活を円滑にする上では便利なことだと思いますが、反面、いつのまにか自分の型ができてしまって、ワンパターンになってしまいがちだという弊害もあります。

そこで、ときどき「意図的に、自分らしくないことをやってみる」というのも、面白いと思うんです。

 

意図的に「自分らしい選択肢」を外してみる

これは、「普段の自分だったらこれを選ぶだろうな」という場合に、あえてそれ以外のものを選んでみるということです。

例えば、Twitterのタイムラインに「面白いけど、リツイートするほどでもないな」というツイートを見かけたなら、あえてリツイートして反応を見てみる。

お昼に、普段は食べにいかないようなところに行ってみる。普段、同僚と行っているなら、今日は一人で行ってみる、など。

そんなふうに、「普段の選択肢」をあえて外してみます。

そして、実際にやってみて、結果が「あえてやる意味はなかったな」というものなら、次からはやめればいいだけのことですし、「実は悪くないな」と思ったのなら、次回からは、選択肢がひとつ増えることになります。

 

柔軟な「自分らしさ」を手に入れるために

「自分らしさ」というのは、誰にとっても大切なものだと思います。もし自分らしく生きることができないのであれば、とても悲しいことです。

けれど、その「自分らしさ」が、頑固な型や枠のようになってしまうのは、どうしても嫌です。

自分の軸はありつつも、ときどき、それをあえて外してみることで、柔軟な「自分らしさ」を手に入れることができるんじゃないかな、と思う今日この頃です。