夢に向かおうと思っていると、身も蓋もない結論にぶちあたることが、よくあります。

例えば、ブログ。

「どうしたらPVが増えますか?」

読者のためになるような記事を書き続けるしかないよね、とか。

「どうやったらダイエットできますか?」

バランスの取れた食事をして、運動量を増やすことだよね、とか。

「どうやったら英語できるようになりますか?」

慣れなんだから、接する量を増やすしかないよね、とか。

もちろん効率のいい方法やコツも存在するんだろうと思いますが、問題は「自分がやっていない段階でそうした方法を見抜くのはとても難しい」ということ。

だから、多くの場合は「身も蓋もない結論」を前に立ちすくむことになるわけです。

最初は、「こんなのやってられっかー!」と反発したり、「もっといい方法がないんかな」といって抜け道を探したりしますが、たいていの場合は見つからない。

その「身も蓋もない結論」を飲み込んで、受け入れた人だけが、次のステージに進んでいくんだと思うんですよね。

私は、けっこう受け入れるまでに時間がかかったほうでした。

損したくなかった

どうしてあんなに受け入れるのに時間がかかったんだろう、と今になって思うと「損したくなかったから」です。

身も蓋もない結論っていうのは、かなりの「対価」を要求します。

「これが欲しいのか。じゃあ、お前の●●をもらうぞ」という感じですね。

たいていは、お金と時間の両方を、しかもまとまった分量、差し出さないといけません。

しかも、差し出したら必ず報われるかというと、そうでもない。報われることもあれば、そうでないこともあります。

「報われなかったら嫌だなぁ」「損したくないしなぁ」と思っている間は、なかなか飲み下せなかった。

だから、身も蓋もない結論を受け入れるには、「これだけの対価を払おう」という覚悟が必要になります。

それを払わなければ、きっとどこにも行けない。今いる場所にずっととどまることになるんだろう、と思いました。

損する道か現状維持か

そうして、「時間とお金を失う可能性を受け入れてでも、前に進むこと」と「損はせずとも同じ場所にとどまること」が、自分の中で天秤にかかりました。

悩んだすえに、どちらが勝ったのかは、このブログを読んでくださっている皆さんなら、ご存じのことでしょう。

「対価を払おう」「損してもいいや」と思って、実際にやってみて感じたのは、「そんな大損するようなことじゃないのに、ずいぶん悩んだな」ということ。

人生や家族を危険にさらすようなものでは全然ないのに。

「損してもいいや」と思って前に進んだときに見えた景色は、バラ色ではなくても、変化に富んだ、極彩色の楽しそうな世界でした。

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