「やろう、やろう」と思いながら、先送りを続けてしまって、なかなか始められない。

私の経験では、新しいことにチャレンジしようとすると「始めるまで」に一番時間がかかるケースが多いです。

そして、いざ始めたらいい感じになって「なんだ、こんなことならもっと早く始めておけば良かった」と感じる。

今まで何回もそんな繰り返しをやってきて、身にしみているはずなのに、それでも先送りはやってしまいます。

そんなとき、自分に問いかける一つの質問があります。

自分は何を待っているんだろう?

その質問というのは、これです。

「自分は何を待っているんだろう?」

先送りしているタスク。始められないままになっている習慣。

そんなときに自分に問いかけます。

「自分は、何を待っているんだろう?」

もちろん本当に何かを待っているというケースは非常に少なくて、実際には「何も待つ必要なんてない」ということがほとんどです。

待つことで、いい方向に変わるだろうか?

仮に何かを待っているなら、こう自分に問いかけてみます。

「待つことで、いい方向に変わるだろうか?」

例えば、手をつけられない理由が、「仕事が忙しすぎる」ということにあるとしましょう。

その忙しさは、待っていたら姿を消すものでしょうか。

繁忙期で一時的に忙しいということもあると思いますし、待つことで解決するのであれば、それも一つの戦略だと思います。

そうではなくて、漠然と「あまりアテはないのに、環境が何か変わってくれることを願って待っている」というのであれば、待つという選択は、じわじわ消耗していって結局は何もできない、という結果につながることが多いように思います。

 

「自分は何を待っているんだろう?」
「待つことで、いい方向に変わるだろうか?」

この2つの質問は、今まで、先送りを続ける私の背中を何度も押してくれました。

この質問に向き合って、「やっぱり先送りする」という選択をするなら、それは意味のある「待つ」でしょう。

そういう意味で、単なる先送りと、意味のある「待つ」を選り分けてくれる、リトマス試験紙のような質問です。