先日、自分の過去の日次レビューを読み返す機会がありました。

一年半ほど前のレビューなんですが、TaskChuteによる時間のログをPDFで貼り付けてあるので、それを見返せば何をしていたか、かなりの割合で分かります。

それを振り返りながら、当時の気持ちを思い出したりしていました。

しかし、それにしてもレビューのなかに「●●をやってみても、なかなか上手くいかない」という記述の多いこと多いこと。

思わず、当時の自分に声をかけてやりたくなってしまいました。

合格点が高すぎる

今の自分から見たら、それは「上手く行っていない」んではなくて、自分で勝手に「上手くいっている」の基準を上げてしまって、失敗だと思い込んでいる状態でした。

例えるなら、マラソンの初心者が、いきなりフルマラソンランナーと同じところを目指してしまった状態と言ったらいいでしょうか。

冷静に見たら「そんなに気張らなくても。いきなりそんなの無理だよ」と思うところですが、当の本人は真剣に「失敗だ」と思っていました。

失敗だと思っているわけですから、当然ながらモチベーションも下がり気味になります。毎日のレビューを読んでいると、だんだんやる気を失っている様子が如実に分かります。

本当に失敗?

時間の記録をつけたり、運動をしたり、習慣を身につけようと思っても、思うとおりにいかないことが続いていました。

が、それは今から振り返れば「失敗」ではありませんでした。

 

これはもっともっと声を大にして言いたいところです。

読書の習慣が続かない。時間が上手に使えていない気がする。

英語の勉強ができない。運動が続かない。

だから、失敗だった。ムダだった。

ちょっと待ってください。

本当に失敗だったんでしょうか。ムダだったんでしょうか。

70を目標にして、30しかできていないから失敗だと思っているかもしれません。

けれど、70の目標というのは、本当に今の自分に適切な目標でしょうか。高すぎる目標ではないですか。

それに、仮に70が適切なレベルだったとしても、です。

そもそも、やり始めなかったら、0だったはずです。それに比べたら、30も進んでいます。

 

高い目標をかかげて未達だったとしても、失敗ではなく、前に進んだんだ。

「やってみる前」と比べたら、前進してるんだ。

それを「失敗」というラベルを貼って、「やっぱりダメだった」と片づけてしまうのは、あまりにもったいないと思います。

胸を張って成功とは言えないまでも、貼るべきラベルは「失敗」ではなく「一歩前進」です。

過去にも習慣化にチャレンジして、「失敗だった」と思ったことがあるかもしれませんが、今一度、質問させてください。

「それって本当に、失敗だったんですか?」