「根本的帰属の誤り」という言葉を聞いたことがおありでしょうか?

心理学の用語で「他人の行動は、性格に原因を求めるのに、自分の行動は、状況に原因を求める」という傾向をあらわした言葉です。

と言っても、分かりにくいですよね。

「性格」と「環境」の関係

例を挙げると、こういうことです。

自分の目の前に、誰かのクルマが、急な車線変更で割り込んできた。そういったときに、私たちは「なんて危ない運転をするんだ。人の迷惑をかえりみないやつめ」というふうに、「相手の性格が悪い」という解釈をする傾向がある。

しかし、自分が急な車線変更で割り込む側になったときには、「約束の時間に遅れそうで、時間がないんだ」というように、やむをえずやっているんだと理由をつける、という傾向のことです。

 

そういうふうに考えると、スッキリ理解できることがあります。

なんて無茶苦茶な上司だと思っていたら、やっとその上司が異動になった。後任の人になったら、多少はマシになるかと思ったのに、全然変わらなかった、というようなパターンです。

上司が無理難題を言ってくるのは、「上司の性格が悪い」と思っていたのが、実はそんなことはなくて、その上司にかかっているプレッシャー、周りからの期待、そうした「状況」が、上司にその行動を取らせているだけだった、ということかもしれません。

だから、人が入れ替わっても、周りの状況が変わらない限り、そのポジションに期待されるものが変わらない限りは、劇的に変わることは少ないですよね。

ここで考えたいのは、「人がある行動をとり続けているのは、その行動を続ける理由が、置かれた状況の中にあるからだ」ということです。

「性格の問題ではなくて、環境の問題かもしれない」と。

性格を変えるのは難しい、環境を整えるのは簡単

一度、徹底的にそういった視点で、自分の行動を見なおしてみてはどうでしょうか。

自分が何かを習慣化できないのは、習慣化できない理由が、環境の中にあるからだ。

何かやめたいことをやめられないのは、やめないほうがいい理由が、環境の中にあるからだ。

ここで言う「理由」というのは「面倒くさい」だとか「しっくりこない」といった、感情的なものも含まれます。

読書の習慣が続かないのは、本を取りに行くのに部屋を移動しないといけないからかもしれない。そんな、ほんのちょっとした一手間で、私たちは面倒くさいと感じてしまって、習慣化できなかったりするものです。

それを「いや、そんなこと思っちゃだめだ」と否定しても始まりません。

むしろ「面倒くさい」とか「嫌だな」と感じた気持ちもいったん受け入れて、「どうしてそんなに面倒くさがってるんだろう、自分は」とちょっと突き放した感じで考えてみる。

そして、環境を少し変えてみて、自分の気持ちに変化があるかを観察してみる。その中に、新しいヒントが見つかることも多いんです。