「努力は尊い」

基本的に私はこの考えに賛成です。

頑張っても夢が叶うとは限らない、報われるとは限らないのも事実ですが、私は「ひたむきなのって、かっこいいじゃん」と思っています。

それに、夢は叶う、叶わないだけじゃなくて、その目的地に向かうプロセス自体にたくさんの宝物があるとも感じています。

ただ、この「努力は尊い」というフレーズには罠が隠れています。この罠にはまってしまうと、報われない努力になってしまいかねません。

典型的な罠は次の2つ

  • 思考停止にすり替わる努力は報われない
  • 人の否定につながる努力は報われない

思考停止にすり替わる努力は報われない

「努力は尊い」としても、時々「何のためにやっているのか」という目的が見えなくなってしまうことがあります。

これが罠の一つ。

努力は、手段に過ぎないはずなのに、いつの間にか「この努力を続けることが大事だ」のように努力が目的化していくことがあります。

言葉をかえれば「思考停止」です。

本人も気づかないうちにすり替わっているケースがあるのが怖いところ。

何回も目的と手段のすり替わりを経験して、兆候は見つけることができました。

一番大きなサインは、「楽しくてやっていたものが楽しくなくなる。義務感に変わる」

何のためにやっているのかをハッキリ理解しているうちは、自分のやっていることに充実感を感じたり、楽しかったりすることが多いんですが、手段が目的になってしまうと、そうしたワクワク感が消えていくんです。

人の否定につながる努力は報われない

もう一つは、批判の道具にすり替わってしまうパターンです。

「努力は尊い」が、いつの間にか「努力していないやつはダメだ」となってしまうんです。

これは、自分が大変な思いをしていたり、辛いことを耐えながらやっているときに、起こってしまいがちです。「自分はこんなにがんばってるのに、あいつはなんであんなに楽してるんだ」という感じでしょうか。

自分に余裕がなくなってくると、どうしてもそうなってしまうので、本当は予防が一番。追い詰められないようにタスク管理をする、時間をきっちりコントロールするといった地味な対策が最も効きます。

事実、私もタスクシュート(TaskChute)を使ってタスク管理をするようになってから、「追い詰められて人を悪く言いたくなる」回数が大幅に減りました。

それでも、イライラしてしまうこともあります。人間だもの。そのときにはきちんと謝るしかないなぁと思います。

報われる努力をするために

基本は「がんばってる人ってかっこいいじゃん」と思っているんですが、今まで書いてきたようなすり替わりが起きてしまうと、がんばってるのに全く前に進まないどころか、後退している、ということにもなりかねません。

いわゆる”痛い人”になってしまっては、せっかく頑張っているのに本当にもったいない。報われない努力になんてしたくないですよね。

努力は尊い。だけど条件つきで。目的に向かって適切になされている限り。人の批判にならない限り。

せっかく頑張るのなら、ちゃんと報われる努力をしたいですね。

スポンサードリンク

【コーチングについてのご案内】

コーチングについて、ご興味のある方はこちらまで

新規のコーチングの受付状況

・6月:残0名

・7月:残2名

なお、その他のお問い合わせはこちらのフォームからどうぞ!