「やり方」と「あり方」

心屋仁之助さんの『一生お金に困らない生き方』を読んで、目からウロコが落ちまくった体験をしてから、まえがきに書いてあるこの一節が自分のテーマの一つになりました。

お金持ちになる本を読んでも、お金持ちになれない。どうしてか。それはお金持ちになる「やり方」ばかり学んでいるからです。「やり方」をいくら学んでも、お金持ちにはなれません。なぜなら「あり方」が間違っているから。本当は「やり方」ではなく、「あり方」を変えなくてはいけないんです。(p6)

読んだときは、「ふーん。なるほどね」という感じ。

よく分かっていませんでした。

けれど、最近になって「なるほど、こういうことなのか」と感じることが増えてきました。

同じ「やり方」でも、「あり方」が違うと、全然違うところに行き着くんだ、と。

「あり方」は出発点

例えば、読書。

それ自体は、いい習慣です。

けれど、どうして本を読んでいるのか。なぜやっているのか、その理由は人によって全然違うものだったりします。

私の場合には、「常に新しい知識を入れておかないと、時代に置いていかれるような気がする」という理由でした。

つまり、あり方が「今の自分ではダメだ」という自己否定モードになっている。

出発点として「自分は足りていない」という感覚があって、「足りないものを補う」ために本を読んでいる。

確かに、本を読めば知っていることはたくさん増えます。

どんなに優れたやり方も、あり方を補えない

けれど、やればやるほど、足りないところ、できていないところが見えてきます。

「これも知らない」「あれも知らない」と。

そうすると、「足りないところを補おう」として読んでいるのに、読めば読むほど「足りないところに気づいてしまう」という循環。

無限の「足りない」ループに突入してしまう。

もともとそんなに自信があるわけでもないのに、さらに自信がなくなっていく。

結局、勉強だけしていて、なかなか動けない。

だって「まだ充分じゃない」から。

「自信がないから勉強する」からスタートすると「これで充分」なんて、いつまで経っても訪れません。

あり方を整えて、やり方を研究するのが最強

一方、「自分は大丈夫」と思える人、自分に自信を持っている人が読書をして、知識を手に入れたなら、どんどん前に進んでいくんじゃないでしょうか。

本を読んで新しい知識を得て、試してみて失敗しても、「大丈夫」なんだから。

「失敗しても、大丈夫」なんだったら、試すのを怖がる理由なんて何もありません。

やり方は同じでも、あり方によって行き先は変わる

こんなふうに「本を読む」という同じ「やり方」をしていても、もともとの出発点「あり方」が違うと、そのあとの展開が全然違ってきます。

今まで「やり方」については、ずいぶん試行錯誤してきましたが、「あり方」について考えることは少なかったです。

もっと「失敗してもいい」「楽しんでもいい」「それでも自分は大丈夫」意識していなくても、そんなあり方でいられるように、工夫してみようと思っている今日この頃です。