「夢を追いかける生き方」

私は、そんな生き方がしたいと思っています。

願いが叶う生き方、自分らしい生き方を選ばずに、誰かに言われるがままに生きるのは少し寂しいと感じるからです。

ただ、夢や願いっていうのはちょっと扱い方を間違うと、逆に辛い生き方につながってしまうのかも、と思うことがありました。

きっかけになったのは、タモリさんの夢についての記事。

「夢を持つのは悲劇的な生き方」論

夢は人生をつまらなくする

「夢を持つのは悲劇的な生き方」 タモリの人生論は「幸福な人の傲慢」なのか

タモリさんは、夢についてこう語ったそうです。

夢が達成されるまでの区間は意味のないつまんない区間になる。それが向上心のある人の生き方、悲劇的な生き方だね。夢が達成されなかったらどうなるんだい

なるほど。

この一言は、夢につきまとう悲劇を見事に言い表しています。

実は、私自身、夢との付き合い方を間違えて「つまんない区間」を経験したことがあります。

一方、夢を描いて楽しく生きている人も現にいます。

なので、問題は夢そのものというより、「夢との付き合い方」「夢の扱い方」でしょう。

だから、この記事では楽しく願いを叶えるための夢の扱い方、夢のトリセツをお話しましょう。

夢を「いつかやりたいこと」と考えると悲劇

夢って言葉を聞くと、条件反射のように「将来の夢」って単語が出てきます。

子供の頃から、夢っていうのは「大きくなったら何になりたいー?」「夢はなあに?」なんて文脈で質問されてきたからです。

結果、「夢は将来のやりたいことだ」と勘違いしてしまう。

悲劇1:やりたいことが分からない

けれど、そう勘違いした結果起きるのは「やりたいことが分からない」なんです。

  • そもそも何をやりたいのかよく分からない
  • 興味はあるけど、これが本当に自分のやりたいことなのか自信がない

そうですよね。

「10年後にやりたいこと」なんて分からないのが普通です。

なのに、まるで「進路を決めないといけない」くらいのノリで「分からなくてもとりあえず夢を考えなさい」なんて言われたりします。

そんな立て方をした夢が、心躍るでしょうか。そんなワケありません。

悲劇2:夢を叶えるために我慢する

また、夢を将来、実現したいことと考えたときには、第2の悲劇「夢を叶えるために我慢を重ねる」が起こるケースが多い。

これは一見もっともらしいので余計に危ないです。

「今この辛い環境に耐えれば、いつか報われる」とか。

「やりたいことを我慢して、将来のためにお金を貯めよう」とか。

この生き方を選ぶと、タモリさんの言うように「叶えるまでの期間がつまらないものになる」でしょう。

しかも、我慢を重ねると夢が叶ったとしても、叶わなかったとしても問題がおきます。

願いが叶った場合

まずは、願いがかなった場合の問題。

ありがちなのは、「大学合格」とか「資格試験合格」「独立開業」を目標に設定する。

我慢に我慢を重ねて実現する。

やった!と喜びを感じるものの、それは数日。

さぁ、叶ったはいいもののこれからどうしよう。

どんな大きな夢も願いも結局、通過点にしか過ぎません。

夢を叶えても、めでたしめでたしでは終わりません。いつも「続き」が待っています。

我慢して我慢して達成しても、そこで終わらない。

けれど、辛い努力をずっと続けるなんてできません。

だから、夢が叶ったと思った瞬間に、パタっと燃え尽き症候群のようになってしまいます。

願いが実現しなかった場合

また、夢が叶わなかったときには「このためにいろんなものを犠牲にしてきたのに…!」って感情に襲われます。

それは、すべてを失ったような感覚でしょう。

まるで「夢が主で、自分が従」のような関係。

本来、夢は自分らしく生きるために描くもののはずです。

けれど、それが逆に自分を縛るようになってしまっては本末転倒じゃないでしょうか。

悲劇3:一度決めた「夢」や「願い」に執着する

さらには、我慢を重ねるような生き方をすると、一度決めた「夢」や「目標」に執着するようになります。

だって、そのためにどれだけのものを犠牲にしてきたと思ってるの!?

簡単に諦められるわけないじゃない!って。

本当は、夢はもっと柔軟でいいもの。

違和感があったなら、躊躇なく修正したほうがいい。

それは諦めでもなんでもなく、「自分の本当にやりたいことに近づけた」ということだから、恥ずかしいことでも何でもないんです。

夢は「今やりたいこと」

今挙げてきたような悲劇を回避するためには、夢の定義を変える必要があります。

実は、夢は「今やりたいこと」「今ワクワクすること」って捉えたほうが上手くいく。

ワクワクする人生を生きる方法を説いた名著『ソース』に、こんな一節が出てきます。

夢やワクワクを実際に行動に移さないかぎり、自分をワクワクさせるものが何なのか、本当に知ることにはなりません。そしてそれを本当に知るまで、人は言い訳の人生を送りつづけます。(p215)

「夢を考える」の最大の問題点はここにあります。

面白そうなことをやる前に、どんなに頭で考えたって、それは「机上の夢」。

参考:「好きなこと」リストを作っても、本当に好きなことだけとは限らない

実際にやってみて初めて、「あぁ、自分はこれが好きなんだ」「これが心底楽しいんだ」と心の声が聞こえてきます。

だから、今やりたいことをどんなに小さくてもいいからリストアップして、「夢に生きる生き方」を始めてしまう。

そうすることで、初めて「自分が本当に好きなこと」を見つけることができます。

夢を「今やりたいこと」と定義すれば、「やりたいことが分からない」になることはありません。

どんな小さな夢でも、ちょっとでも興味あることを今やってしまえばいいからです。

また、今を楽しみながら過ごすことができるので、我慢を重ねることもない。

「実現するまでの期間が辛いものになる」こともなければ、一度立てた夢に執着してしまうこともない。

大らかで楽しみながら夢と向き合えるんです。

正しい夢とのつきあい方

結局、「夢」っていうのも手段の一つです。

突き詰めれば、夢や願いを設定するのは「もっと自分らしく生きたいから」。

夢も、人生をちょっと面白くする手段だと思ったら肩の力が抜けませんか?

「叶わなければ意味がない」じゃない。

叶おうが叶うまいが、夢のおかげで充実した今が過ごせれば大成功。もちろん、叶うに越したことはないんですけどね。

夢を追いかけるっていうのはステキだけど、それは「今を楽しく、自分らしく生きる」ための手段なんだ、ということ。

それが、夢と楽しくつきあうために必要な「トリセツ」です。

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