約一年前のこと。

「青天の霹靂というのは、こういうことを言うんだろう」

それが、一年前の自分が最初に思ったことだった。

珍しく母から電話がかかってきた。

何だろうと思って出たら、開口一番「あのね、おじいちゃんが亡くなっちゃった」

「え?」という感じだった。

突然のこと過ぎて、理解するまでに時間がかかった。

時間が経って、その事実を受け入れ始めると、今度はものすごく「しまった…」という感情に襲われた。

当時、自分の子供が生まれて、数ヶ月が経とうとしていた。

お盆には実家に帰るつもりでいたので、そうしたら祖父、祖母に、ひ孫を抱っこさせてあげられると思っていた。

でも、そんな勝手な目論見は、実現しないままになってしまった。

とるものもとりあえず、有給を取って、新幹線に乗った。

実家に帰って、おじいちゃんの最期の様子を聞いた。

「朝まで元気だったのに、突然…」だったという。

おばあちゃんは、気丈にも「長い間苦しむより良かった」と言った。

家族の一人として素直にそう思う自分と、「そうは言っても、ひ孫抱っこするまで待ってほしかったよ」と思う自分が、ないまぜになった。

一周忌を迎えて

あれから一年が経って、一周忌を迎える。

あの頃は、まだお座りもできなかった子どもは、今や元気にはしゃぎまわっては、「あちゃー!」だとか「るーりーるーりーるー!」だとか謎の叫び声を上げている。

そうだ、このブログを本格的に更新するようになったのも、その後のことだ。

それまでブログを始めては続けられず…を4、5回繰り返していたのに、今回は一年続いている。

Your time is limited.

祖父のことが影響したのかどうかは分からない。

けれど、スティーブ・ジョブズの言う「Your time is limited.」というのを痛感した出来事だったのは間違いない。

そして、月並みだけれど「後悔しないように生きたい」とも思った。

「後悔しないように生きる」というのは、実はとても難しいことだと思う。

「後悔しないような選択肢」を選ぼうとすればするほど、そこに迷いが出ることがあるからだ。

「後悔しない道」と聞いて最初に思い浮かべるのは、「自分の気持ちに正直に生きる道」じゃないかと思う。

自分のやりたいことをして生きていけるように、好きなことをやって生きていけるように、人生の舵を切っていく。

けれど、そう思った瞬間に、「でも失敗したらどうしよう」と思う。失敗したらその選択を後悔するだろうから。

これでは、いつまで経っても、決めることなんてできない。

「後悔しない道を選ぶ」じゃなく「選んだ道を精一杯」

「後悔しない道」というフレーズはよく使われるし、自分も好きだけど、「堂々巡り」のなかに人を導いてしまうこともある。

それを防ぐためには、たぶん「後悔しない道」を選ぼうとするんじゃなくて、「選びたい道を選んで、それを後悔しない道にする」しかないんじゃないかと思う。

「選んで良かった」も「選ばなければ良かった」も、結局は結果論なんだ。

結果が良ければ「選んで良かった」と思うし、悪ければ後悔する。

だから、後悔しないようにしようと思ったら、選んだ道で納得のいく結果を出す。そこに集中するのが一番なんだろうなぁ。

実際に結果が出せるかどうかは別の問題だけれど、そうすれば少なくとも「あの時、選べなかった…」って後悔だけはしなくて済む。

祖父の一周忌に、そんなことを思った。

子どもには、そういうことを言ってあげたい、とも思う。

ありがとう、おじいちゃん。